064 JICAが世間に放つ



今日も、今週末に迫った松尾祭の話題です。


昨日JICA駒ヶ根から、松尾祭の企画に関連したプレスリリースがありました。




JICA駒ヶ根がやっている信州国際塾と上田高校がコラボした企画ではありますが、こんなきれいなチラシに反映されて、JICAから報道発表され、県教委を通じて各校に伝えられるなどの動きになるとは思っていませんでした。


この企画以外にも、国際問題研究同好会の企画による、国連難民高等弁務官事務所日本委員会の根井さんの講演、被災した東北の野菜の風評被害を防ぐために始めた「松尾菜 for ふくしま」販売の継続など、社会性のあるものが行われます。


ぜひお出かけいただきたいと思います。



さて、今日は事情があって、自分のことを少し書きます。


私が生まれたのは、昭和33年3月26日。

「この人、なんで急に自分の誕生日を語り始めたの?」と言うなかれ。

昭和33年という年は上田高校にとって特別な意味があるのです。


昭和23年に新制高校としてスタートした上田松尾高等学校が、上田高等学校に校名変更したのが昭和33年4月です。

つまり、私が生まれた時には「上田松尾」と言っていた高校が、その6日後に「上田」と名前を変え、今年で58年目。

平成7年発行の『長野県上田高等学校校史 高校第一編』によると、

「…文化祭は21年度から始まり、32年度までは運動会と学芸祭に別れ、時期も分けて行われていたが、33年度から名称も「松尾祭」として統一され、運動の部、学芸の部として連続して、36年度まで行われた。37年度からは再び時期が分かたれ、運動の部はクラスマッチという位置づけで実施されるようになった。…」

とあります。(現在は「松尾祭運動の部」を9月に実施)


実は、本校野球班が初めて甲子園に出場したのが、この上田松尾最後の年(1957年)の夏で、2回目は30年後の昭和62年(1987年)です。


話を戻して、今年が第58回となる松尾祭。


校名変更をしたその年に、前の校名を文化祭の名称に入れるという判断と、それを受け継いで来たその後の歴史。

そういう歴史と想いの積み重ねの上に今年の'松尾'祭があります。

その意味と重みを生徒一人ひとりがしっかりと受け止めてほしいと願っています。





Posted by 上田高等学校長. at 2015年06月30日22:52